その他障子商品のご紹介
プラスチック障子紙も対応可能
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障子の種類(名称)
障子は組子の種類を含めると、多種多様。関東地方で好まれる横繁障子・関西地方でよく好まる横繁障子をはじめ、 荒間障子、大荒間障子、霞障子、両面組子障子、変わり障子など実に多くの種類があります。
張替えならプラスチック障子
私は、障子の張替ならプラスチック障子をオススメする。プラスチック障子の良いところは、破れにくい事だ。プラスチック障子にする前は破れたりしてしまい毎年大晦日の時に張替えるのが毎年恒例だったが、5年ほど前からプラスチックに替えたところ一度も破れず張替えもしていない。試しに結構強めにボールを投げてみたが破れる事はなかった。猫などのペットを飼っている家だとペットが障子を破ってしまった事がある人が多いと思うが、爪で引っ掻いたとしてもよっぽどの事がなければ破れる事は恐らくないと思う。また汚れたとしても雑巾で吹くことができる。紙だと汚れてしまった場合、放っておくか張替えるしかないがプラスチックならば水に濡らしても平気なので吹く事が可能である。値段は、障子2枚分でお手軽な値段で紙より多少高いとしても滅多に破れる物ではないし、毎年張替えているようであればプラスチックにしたほうが経済的であると考えられる。張替えも紙と同じて簡単だし、紙の場合障子のりを使うので手についてベトベトしてしまう事があったがプラスチックは両面テープやアイロンを使うのでのりが手についてしまいイライラするような事もない。以上の事から張替えにはプラスチックの障子をオススメする。
天然記念物の傘岩のある恵那市。
岐阜県恵那市は、岐阜県の南東部に位置している市です。
恵那市は、同じ岐阜県の中津川市や瑞浪市、加茂郡白川町、八百津町に隣接している他、長野県下伊那郡根羽村や平谷村、愛知県豊田市にも隣接しています。
市の木はハナノキ、市の花はささゆりとされています。
人口数は約5万人ほどの市です。
恵那市は、1954年4月に恵那郡大井町と長島町、東野町、三郷村など2町6村が合併して誕生した市です。
その後は2004年10月に、旧恵那市と恵那郡山岡町と明智町、岩村町など1市4町1村が新たに合併し、現在の恵那市となりました。
恵那市の交通としましては、鉄道はJR中央本線と明知鉄道明知線が走行しています。
中央本線には恵那駅と武並駅の2駅、明知線には東野駅や花白温泉駅、飯羽間駅など計9駅が停車駅として設置されています。
路線バスは東濃バスや恵那市自主運行バス、豊田市旭地域バスなどによって運行されている他、名鉄バスセンターや京王バスによって、名古屋や新宿行きなどの高速バスの運行も行われています。
また、高速道路の中央自動車道が市内を通っており、恵那インターチェンジが設置されています。
恵那市の名所としましては、天然記念物に指定されている傘岩があります。
傘岩とは、奇妙な形をした岩のことであり、傘のような形をしていることから傘岩と名付けられました。
岐阜県の施工範囲
明智町 明智町阿妻 明智町大泉 明智町大田 明智町吉良見 明智町杉野 明智町野志 明智町東方 明智町横通 明智町(新井町) 明智町(市場町) 明智町(駅前町) 明智町(片平町) 明智町(新町) 明智町(滝坂住宅) 明智町(常盤町) 明智町(徳間町) 明智町(東町) 明智町(東山町) 明智町(本町) 明智町(的場町) 明智町(宮町) 明智町(向町) 飯地町 岩村町 岩村町飯羽間 岩村町富田 大井町 長島町久須見 長島町正家 長島町永田 長島町中野 長島町鍋山 笠置町河合 笠置町毛呂窪 笠置町姫栗 上矢作町 上矢作町漆原 上矢作町小田子 上矢作町下 上矢作町(飯田洞) 上矢作町(木ノ実) 上矢作町(小笹原) 上矢作町(島) 上矢作町(達原) 上矢作町(本郷) 上矢作町(横道) 串原 串原(相走) 串原(岩倉) 串原(大平) 串原(大竹) 串原(大野) 串原(大簗) 串原(柿畑) 串原(川ケ渡) 串原(木根) 串原(閑羅瀬) 串原(平山) 串原(戸中) 串原(中沢) 串原(福原) 串原(松林) 串原(松本) 串原(峯) 串原(森上) 武並町新竹折 武並町竹折 武並町藤 中野方町 東野 三郷町佐々良木 三郷町野井 三郷町椋実 山岡町釜屋 山岡町上手向 山岡町久保原 山岡町下手向 山岡町田沢 山岡町田代 山岡町馬場山田 山岡町原
日本の特殊な文化を育んだ障子や襖などの建具、
我が家の実家では一寸贅沢(・・?)な家の作りで、勿論、純和風の日本建築の建物になります。 其の一例をあげますと、南側の建具関係は外から雨戸、ガラス戸、廊下、そして座敷の間には障子を配しておりました。 更に其の障子には雪見障子とかいって雪の庭園を眺めるために障子の下半分をガラス戸と障子の両方がはめ込んであったのです。
庭園というのはチョットおこがましいのですが、中心に大きな池を配して石組みや灯籠があり周辺には移ろいのある樹木を配していて、子供心にもナカナカ風情のあるものだと感じていました。 確かに雪の日などは、一番奥の客間からは障子半分を上げたガラス越しに其の様子がはっきりと伺えて、我が家を訪れたお客さんも盛んに感心していた様子でした。
このように障子にしろ襖やその他の和風の家の建具というのは日本独特の特殊な建築文化ともいってよく、これらの建具を基本に今の日本の生活文化も生まれたと言っても良いとされているようです。 現代の生活文化は室町時代からとよく言われていますが、障子や襖などの建具は既に平安時代には使われていたそうで、物語の中にも貴族が指で障子に穴をあける様子が描かれているそうです。
其れに伴って、近年でも障子や襖を張り替えたり手直ししたりする職人さんも多くいて、ご近所にもよく目にしましたが、現代ではあまり見かけなくなったような気もしますが・・?、これも洋間といわれる洋風文化が多くなったせいもあるのでしょう。 何れにしても障子などは燃えやすいのは例外として、痛みやすく汚れやすいし、日焼けにも弱いです。 そんな時には手直しや張替えが必要ですけど、普通の人がやるにはチョット手間もかかりますし、そんな時には専門の職人さんにお願いすると、立派なものに仕上がり生まれ変わります。